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108.蒼いラビリンス

● ●108後編18第二章七  ● ●

 その夜、帰宅して小夜子の言葉に頷いた俊美は気づくべきだった。気づく筈だった。私は俊美に、愛などと言う言葉を使った事が無い。俊美も私をお嫁さんどころか好きだと言った事が無い。それがどんな意味を持つのか、互いに気づかずにいた私達は回り道をしなければならなかった。
「葵。昼間は、とんでもない悪さをして皆を心配させたんだってね。悪い子だね。どうして、そんなに悪い子なのかな?」

 どうして、あなたはそんな年長のお兄さんになるの? まるで私を幼児のように。

「俊美。最近、教えてくれなくなったわね。独語も。昔は色んな事、教えてくれたのに。嫌いな物理や化学なんか一杯。あんなに教えてくれたのに……」

「……そうか…そうだったね。葵は、もう僕なんか必要無いと思っていたものだから」

「……え?」今なんて言ったの? 確かに、僕って、懐かしい響き。

 キョトンとして見上げた私の肩に手を置いた。
「これから、またいろんなこと教えてあげるよ。 ……で、取り合えず今日は、これだけ教えておきたいんだ」

「え、何?」耳元で、そっと囁いた。
「僕が愛してるって、葵に伝えておいてくれないか。野々宮君」

 優しく微笑んで出て行った俊美の後ろ姿を見送った後、復唱している自分に気づいた。……あれは何かのお呪いかしら?


「よし。今日は、このへんにしとこう」本をバタンと閉じてひと息ついた。

「発音は全然だぞ。まだまだ身体に馴染んでないからだ。もっと喋ってみろ」

「はい、先生」フッと笑った。

「まぁいいか。今日は、もっと別のこと教える気で来たんだから」

「なぁに?」

「僕と葵、二人だけの勉強だよ。二人して大人に成るための」

「………」半信半疑の顔で見つめてると、抱き上げられベッドまで連れて行かれた。

「……葵。僕は、これから君を愛するよ。わかるだろう? 男が女を愛するって、どう言うことか」

 ベッドで足を伸ばして、俊美を見上げながらポツリと口にしていた。
「……セクス……?」




    「そう、そうだよ。君は僕に大人しく全てを任せればイイ。ちょっと君には苦痛かもしれないけど、直ぐ済むからね」
     そう言った後、彼はカーディガンを脱いで、私のトレーナーも脱がした。寝かされ彼の体が重なって、唇から首筋に、彼の唇が動いた時、私は口にしていた。
    「……お嫁さんにしてくれるの?」
    -馬鹿な! 何て言う愚かな事を口にしているのだろう? 
    まるでセクスイコール結婚とでも言うように。

     なのに彼は笑いもしなかった。
    「そうだよ。葵は僕のお嫁さんに成るんだ。それも今から」

    「今から」

    「そう…今から」それ以上、二人は何も言えなかった。

     私は実にあっけらかんと彼の静かな愛撫を受けていた。
     一瞬、顔を上げ一筋の涙を零す彼。

    ……どうして? 何で泣いてるの? 俊美。何がそんなに哀しいの? 私達は、やっと一つになれるのよ。俊美は嬉しくないの?
    ……わかってるわよ。女々しい男ね。イイ気味だわ。私が苦しんだ分、俊美も苦しめばイイのよ。もっともっと……そうさせてあげるわ。

     俊美の手がスカートに回った時だった。私は少女の声で悲鳴を上げていた。

     ギョッとして体を離す俊美。ほぉらごらんなさい。あなたの可愛子ちゃんが思い出して騒ぎ始めた。
     慌ててシャツのボタンを留め始めるあなたの様、フフッ面白いわね。……あらら、高橋君が真っ先に駆けつけた。
     俊美は私に服を着せようと取り乱していた。私の方が早かった。トレーナーで胸を隠し、身を守ってるかのように振る舞った。

    「-俊美! 無理強いしないと言ったじゃないか!」

     私は、手を伸ばした高橋君に抱き縋り助けを求めた。

     半裸の私を抱きとめる高橋君との姿を見て、憎悪する小夜子の視線。

     息子をキッと睨みつけた後、平手打ちを放ったエヴァ夫人。

     俊美の脱ぎ捨てたカーディガンを私に掛けて高橋君は立ち上がった。

     非難の目に、必死になって弁解しようとする俊美。
    「スカートに手をかけたら、こうなったんだ。それまではおとなしかった。別に何とも無かったんだ。信じてくれ!」

    「わかった俊美。話は後で聞く。まず葵君を落ち着かせなくては。こんなに興奮すると高熱が出る危険がある」

     高橋君の先になり、出て行ったエヴァ夫人。

     ためらった後、二人の後を追った小夜子。

     ドアの所で見守っていた、ばあやだけが俊美の横に来て声をかけていた。
    「……ぼっちゃま……」

    「いったい。何がいけないって言うんだ? ちくしょう、ちくしょう」
     彼は目をつぶって溢れ出る涙をどうしようも出来ないで居た。


    「いったい、あんた、どうしたのよ? あんな叫び声あげて、ブリッコそのものだったわよ。あんたが騒ぎ出す理由がわからないわ」

    「私もどうしてか、わからないの。ただ俊美の手がブラを外して唇が段々下に移っていったわ。心地好い位ゆったりと。それがスカートに手をかけられたら……あぁなっちゃたのよ」

     頭をコツンと小突かれていた。
    「そんな恥ずかしい事、本でも読むようにスラスラ口にするもんじゃないの。あんたって初心な癖に鈍感な所もあるんだもん。本番が何よ。いったいあんたいくつよ。まるで十二、三歳の少女じゃあるまいし。それ位の事で泣き叫んで、人のフィアンセに裸で抱きつかないでよ。恭弘も、あんたみたいな女ぽくない娘、好みなんだから」

     そう言えば高橋君、エヴァ夫人が着替えを取りに行ってる間、囁いてくれた。
    「……綺麗な胸だね。俊美に染められるなんて惜しいよ。俊美が憎らしいな……」って。
    高橋君って遊び人やってたんだっけ、実に甘いわ。
    でも、私は小夜子に胸刺されて傷物になりたくないもんね。 


    「来週から、スペイン辺りに回される事になったよ。何とかと言う御大臣の鞄持ちだとさ。『君は外国生活が長いから、先生の御身の回りの御世話をしてやってくれ。何かと』だとさ」

     持っていたスプーンから目を上げて小夜子。
    「何かと? つまり、あれとかもって言う訳?」

     俊美は、フーと溜め息吐いて新聞を広げた。
    「その通り。まだ駆け出しの俺にだよ。何でそんな事まで面倒見させられるんだよ。まったく。何を考えてんだか、お役所なんて」

     俊美って、小夜子には気安く応答するのね。何か不安だわ。

    「で、どれくらい行くの?」

    「まぁ一週間ってとこだな」

     小夜子が肘で小突いて、「一週間? 寂しくなるわね葵」
    〈あんた何か言ったらどう?〉小夜子の囁きにも無反応の私。

     俊美は新聞で顔を隠したまま、チァーで足を組んでいる。

     ソファに腰を降ろしていた高橋君が眼鏡を拭きながら切り出した。
    「じゃ、どうだ俊美。その期間は葵君の勉強は、僕と小夜子が受け持つって事で。良いだろう?」

    「あぁ、そうだな。頼むよ」やっと新聞から目を離して、
    「わかったか葵。俺が居ない間、おとなしく良い子で居るんだぞ。高橋、俺の代わりにビシビシやってくれ。遠慮せずに」

    「はい。仰せの通りに総督閣下」二人、ニヤリ笑い合った。

    「……さてと、俺は仕度があるからと……」
    そう言って腰を上げて、リビングを出て行った。

     私はミルクカップを啜っているところだった。
    突き刺すような周囲の視線に、やっと気づくと、なぁに?と言う目を向けた。

    「葵。何かひと言かけて貰えないものかしら。あの子、あれ以来落ち込んでいるのよ」

    「そうだよ。葵君。早く俊美を追いかけるんだ」

    「私からもお願いしますよ葵様。ぼっちゃまの傍に行って差し上げて下さい」

     小夜子は今度は何も言わず身体で諭した。
    私のカップを取り上げ、椅子を揺らした。

     仕方なく立ち上がったものの、ためらいが残る。
    皆の促す目に追い込まれ廊下に出た。


     心配気にノックを二回した。返事は無い。
    辺りを探るように侵入していた。

     俊美は背を向けてスーツケースを広げ、何やらガサゴソとかきいれていた。

    ……変だな? 俊美にしては余りにも無造作過ぎる手さばき。
    「……あの…何かお手伝いしましょうか?」

     俊美の動きは止まらない。どうしたら良いんだろう。

    「……怒ってるの? この間のこと。ごめんね。でも、自分でもどうしていいかわかんないの」

    「……別に……」

    あらら、すごい怒ってる。どうしよう。なんかまた涙見せるの癪だわ。
    「……そう」立ち去るより仕方ないとドアに向かった。

    「葵。何も言わないんだな」振り向いて聞く俊美。

    「だから、ごめんなさい。許してって言ってるでしょう」

    「違う。その事じゃない。俺が一週間の間、居なくなるって事だ。別に何でも無いんだな。お前にとっては」

    ハッとして、自分が何しに来たか思い出した。
    「だって、お仕事でしょ。仕方ないじゃない」
    -馬鹿! 言ってしまってから、後悔してた。
    忘れてた。乙女座の男の子の女々しいまでに少年ぽいところ。
    時には我がまま言ってあげなきゃ寂しいんだ。

    「……そうか。それだけか……」そう言って背を向け、また手を動かした。

     同じ過ちを繰り返してはいけない。
    少々クサクてもイイから、彼の求める言葉を並べなければ。

     私は彼の首に腕を絡めて抱きついた。
    「ウソよ。寂しいから早く帰って来て。声だけでも毎日聞きたいの」
    甘え声も全て演技。でも、彼はイタクかんど~したようで。
    顔を綻ばせ、私を抱き締めた。「こいつ」とか言いながら。

    ……あぁなにか久しぶり、こんなやりとり。
    今、このひと時がとても愛しいわ。
    もう、こんな時、帰って来ないかもしれないもの。


    「いい子にしてるんだぞ」って振り向いて彼は言った。

    「さぁね。情熱的なスペイン女性に殺されたりしないように、そっちこそいい子で居たらいいわ」

    久々の毒舌も、彼にはすがしく染みたようで笑顔で車に乗り込んでいた。

     車が消えるまで見送っていたら涙が零れそうになり慌てて、
    「…ちょっと庭を散歩して来ます」と皆から離れた。

     確かに今の私は私なのに。知らない間に私は誰かと入れ替わってしまうの。どうすればいい? 野々宮葵。あんたはどうすれば、自分を甘えん坊の少女から、無感動の冷徹女から守り通すことができる?

     私には何かが足りないの。多分それは二階から落ちた時の記憶よ。
    まるで、その部分だけ丸ごとキレイにホワイトインクをかけられたように。
    いいえ、もしかしたら、もっと濃い色に塗り替えられたかもしれないわ。
    そう、私の直感は間違ってなかった。

                       -108-



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    Author:唯
     読書感想が主です。探偵が登場する本格ミステリー好き。
    と言っても、難しいことは解らないのでトリックにはさほど関心無く、登場人物のやりとりを見るのが好きなだけです。

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