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41.蒼いラビリンス

● ●  41.甘い夜の夢  ● ●

 翌年の春、T大合格発表後入学手続きをする最終段階で、俊美は思いも寄らぬ、エヴァ夫人さえたじろがせるような最終進路決定を下していた。

 春休みも遊びに行って、エヴァ夫人から聞かされた私も信じられなく思わず、
「……エ~!ウソ!…ホント?」
の三語を繰り返し口にして、俊美からバカにしたような目で見られていた。


 俊美は、ひょうひょうと
「より目立つための演出効果を狙ってみたんだ。これで僕の名も少しは教授連に知れ渡るだろう?君の影響かもしれないけど何か突然、母さんも慌てふためかせるような馬鹿な真似したくなったんだ。周囲の予想通り、本命のサラブレッドとして走らされるのにいい加減ウンザリしてたんだ。流れを変えてみたくなったんだ。何かもっと僕を活かす別の海があるんじゃないかと。僕は、その未開の海に向けて自分の船を浮かべてみようと思っている。葵、君も僕の船に乗船しないかい?もう窮屈な思いさせないよ。母さんと、ばあやの四人で親父が溺れ死んだコース、僕に舵を取らせて進んでみないかい?」
彼らしからぬ現実離れした夢を語った。

 俊美の言う事は抽象的な事ばかりで納得出来るものではなかった。
彼から真意の程を聞き出す事を諦め、エヴァ夫人に理由を聞いてみたが、こちらも自分さえ信じられないと言った様子。胸が一杯らしく、私にまともな返事してくれなかった。
 それで、ばあやさんに聞くと、俊美はやっぱり極度のマザコン少年だったと言う事を知り、一応納得できた。




    ……要するに江川少年は、日頃何事にも動じないと言った態度で、母一人息子一人の状況だと言う割には、自分に対してクール過ぎるんではないかと気になる母の関心を一気に引こうと目論んだらしい。
     彼の思惑通り、母は息子の言葉に息を飲み少女のように泣き崩れて彼に宥められていた。

     生まれながらに父を知らない彼にもエディプスコンプレックスは在ったのだ。彼がエリートコースで最も短距離な通行手形を手に入れながら、それを捨ててあえて父の母校を選んだのは、江川家にだけに分かるニュアンスがあった。
     彼にとって、それは江川コンツェルンとの決別であり、夫の死後十八年間再婚もせずに誇り高い寡婦で居てくれた母への感謝の慰めでもあり、大学時代に母を見初めた父への鎮魂歌でもあった。

     俊美がそんなロマンチックな少年だったとは……
    どうにかこれは夢ではなく現実なのだと信じる事が出来ると、私はあの日と同じように俊美の肩に腕を回して答えていた。
    「連れてって。私も乗組員に加えてちょうだいキャプテン!」
    私は、すっかり彼の甘い波に飲み込まれてしまっていた。
    そうして、その日から私は大学受験をW大の法科一本に的を絞った。


     今でも思い返す度に、無邪気に俊美を信じ、自分を丸ごと託そうとしていた、あの頃の自分が恥ずかしくて…憎らしくてしょうがない。
     私は単純に、俊美がT大一直線から道を外したのは、彼もまた人の波に疲れ、サークルから抜け出したくなったのだと、受け取った。そう言うオットリした気構えになった彼なら私でも付いて行けると喜んで。


    ★★★
     一年半位心地好い夢の中に居られたのは特に私の方が夢見がちな少女だったからではない。
     夢の途中で目覚めるまでの私は、自分の方が俊美よりも男女間のやりとりに熟知しており独学で充分、そっちの方ではシャイな彼をおちょくれるものと自惚れていた。

     けれど、何時だって目覚ましは、うっとりとした夢がクライマックスを迎える時を見計らって意地悪く鳴り響くものだ。
     例えば私の場合、大好きなチーズケーキにフォークを突き立てようとした瞬間とか、大好きな漫画の新刊を開こうとする直前とか、大好きな彼の腕の中で
    「……一人じゃ眠れないの…今夜は側にいて…」と恐る恐る口にしてみると、彼は大らかに私を包み込んでくれて
    「…ん、わかった。今夜から眠れぬ夜は僕の胸で休むとイイ…」と応じてくれ、それから二人はゆったりとした甘い口付けを交わし
    「……愛してるよ葵、もう寂しい思いさせないよ」とまで彼は囁いてくれて、それから彼は私を抱き上げて…
    それからそれから…二人は甘い夜の帳の中で……となる筈だった。

     その夜、彼とのラヴシーンを遮ってくれたのはチャイムでは無く車のブレーキ音だった。仕方なく目を開けて時間を確認すると二時過ぎだった。

     その夜、寝る前にかけたBGMが私を唆したかもしれない。
    Oさんがあんまり気持ち好さそうに歌っていたからよ。

    ♪ ♪ ♪

     まさしくその夜は、私にとって甘い夜であり、眠れぬ夜ともなった。

     私が寝つきが悪く、それ以上に寝汚くなったのは、この夜を境にしてからだ。

     1979年はOグループにしてみれば思い出深い曲が生まれた年であり、私にとっても忘れたくても忘れられない思い出深い年となった。


     その夜は満月だった。
     神秘な輝きを放つ光の魔力に促されるままに廊下に出てバルコニーから庭に通じる階段を降りていた。求めるままに彼の部屋の様子伺いにグルっと庭を半円して行ったのだけど、ちょっと遅すぎたようだ。

     彼の部屋は真っ暗で森閑としていた。
     まさか私も、日中私の世話と司法試験の準備に忙しく今やっと寝付いてる彼を起してまでも、途絶えたラヴシーンの続きをねだる図々しさは無かった。
     仕方なく、来た時と逆周りで戻る事にした。屋敷の裏側は林のようになっていて、直ぐにベッドに戻るには惜しいような気になり、目に付いた大樹に手を掛けて暫く体を甘い夜風にしたしてみた。

    ……すると、ひどく現実的な男女の声が聞こえてきた。
    気付くには遅すぎる程、二人は近くに居た。
     それでも私は身を潜めて、二人を確認しなければならなかった。裏門のフェンスを背にして立っていた女性は、私も顔見知りの女子大生だった。図書館で二、三度在った時、言葉を交わした事もある。

    ≪≪≪

     彼女は自慢気に左薬指のリングを私に見せびらかしていた。
    来春、某一流メーカーの御子息と式を挙げる段取りになっているそうだ。そこで残された自由を満喫する為に最後のひと夏のアバンチュールを存分に楽しむつもりだとも言っていた。そして彼女は、私を迎えに来た俊美の顔を見るなり好奇の目を輝かせた。

    「……あなたのお兄さん、Oさんにそっくりで素敵ね。そうよ。最後の夏は、聖人君子もどきの男の子を堕落させちゃうって言うのも面白いわね」とか呟いた。

     私は、彼女がOさんのファンと知って何故か憎めなかった。
    Oさんのナンバーの中でも洒落た感じのする曲でイメージした女性のような自由奔放なプレイガールに近かったからかもしれない。

     ♪ ♪ ♪

      
    それと、俊美を挑発する意図も含めて、俊美の前で彼女を囃し立てていた。クールな妹を装って。

    「あ、是非そうして下さい。せっかくの夏休みだと言うのに私の受験につき合わせちゃって申し訳無かったの。そうよ、お兄様も少し気晴らしが必要だと思うの」

     俊美は私の茶化しを耳にするなり、怖い顔で睨みつけた後、私の腕を乱暴に引っ張って屋敷に連れ帰った。

    「…やだ。ちょっとしたジョークじゃないの。どうして、これ位のジョーク通じないの…ちょっと俊美、カタ過ぎるんじゃない?」

    帰る道すがら、私は笑いながら俊美の背に言い訳していた。

    俊美はブスッとした表情で、ただ一言命令を下していた。「…ともかく。あんな女と口を聞くのは止めなさい」と。

    ≫≫≫

    ……あんな女と彼は言った……あんな女と……
    全身女の塊のような彼女は相手の男と熱い抱擁を交わしていた。

    「…今夜は本当に楽しかったわ。ね、またドライブ誘っていいかしら?」

    「フ…そりゃ喜んで、と答えてあげたい所だけど、君とは一夜限りの仲にしたいね。昨夜の相手には未練を残さずがプレイガールのモットーでしょう?お姉様」
    ニッコリとした顔で言ってのける彼。

    憎たらしい程クールねと不満足そうな彼女。
    「…ま、そうね。でも、あなたって見かけに寄らず遊びなれていたのね。あの可愛い妹さんにもお兄さんの素顔見せてあげたいわ…」

    途端に彼の表情が険しくなり、腰に回していた手で彼女の両肩を押さえ込んだ。
    「その事に関しては、僕達の間でとっくに了解済みのだろう?」

    「フフ…わかってるわよ。あの娘の前では、あくまでもお綺麗なお兄さんで居たいのでしょう?私もそうよ。彼と結婚したら貞淑な妻を演じきるつもりよ。あの娘もそのうち夜の嘘と真実を知るでしょうね…私達のように…」

    「あいつは君のような女とは違う。口で言う割には初心なネンネなんだ。だから、受験生のあいつに変な事吹き込んだら…その薬指のリング彼に返さなければならない事になるよ…」

    「………」

     彼は、彼女の怯えを満足気に観察した後、彼女の体を素っ気無く離した。
    「わかったなら、それでイイよ。じゃ、もう僕を解放してくれるね。お休み」

    しかし彼女は、しっかりと彼の抱きついて唇を奪った。
    「…あなたって悪い人なのね…」
    彼女もまた彼と同じ穴のムジナ的な笑みを浮かべてから、彼を放した。

     漸く二人はお休みを言い合い、彼女はフェンスの外に止めてあった車に乗り込んで去って行った。
     彼は、その姿を見送った後、そっと手の甲で唇を拭い静かな足取りで自分の部屋に窓から入り込んだ。明かりがつき、間もなくシャワーの滴る音を耳にした。


     私は何も出来なかった。
    Oさんの清らかな涼しげなメロディーは何時の間にか途絶えていた。それに気付くとすぐさまもと来た道順で部屋に走り返った。

     ベッドに向かいながら何度も自分に言い聞かせていた。
     私は夢遊病者で、あれもただの夢にしか過ぎない。真夏一夜限りの夢、そうしなければいけない。
     彼の母が、彼の部屋を私の窓から見えない所に置いた訳を思い知らされたその夜以来、私は深夜彼の部屋を覗こうなどとはしなかった。けっして…
     この時抱いた不信感、嫌悪感は夢の中で済まされる事など出来る筈も無く、彼への反旗を翻す引き金となった。
     それからの私は、彼に傷つけられる前に切りつけてやろうと、たえず保身の短剣を内ポケットに隠し持って、彼と接していた。

     眠れぬ夜以来、忘れていた犬歯がニョキッと現れた。

                 
                           -41-





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    Author:唯
     読書感想が主です。探偵が登場する本格ミステリー好き。
    と言っても、難しいことは解らないのでトリックにはさほど関心無く、登場人物のやりとりを見るのが好きなだけです。

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