微笑みながら眠りなさい154
154.後編第三章11
いきなり茂樹がやって来た。何時もよりおぼっちゃま風の格好で。
「……どうしたの?」
入り方も物柔らかだったので、こっちも勝手が違ってぎこちない。
「……俺、帰るんだ。深沢の家に」
お行儀良くソファに座り込み手組んで語り出した桜庭さんに、上品そうに紅茶入れてやる。
「そうだってね。この間、お父さん喜んで居たよ」
「うん。まぁーなんか成り行きでそうなる事になって」
みょーに歯切れの悪い言い方しやがる。
「それで一応、私にも言いに来てくれたんだ? ありがとう」
カップ渡しながら、礼を言う。
「もう、今までみたいに会えないしな……」
「そうだね」私も向かいの席に座ってカップ傾ける。
「……結城から何か連絡あったのか?」「別に」
「徹也とは?」
「音信不通。籍の切れ目が、縁の切れ目」「そうか」
「どうしたの? 何か元気無いよ」何時もの突込みが無い。
「結城も東京に戻るそうだ」「そう……」
「寂しくなるな」「そうだね」
「徹也も重要なポストに就いて大変みたいだしな」
それで黄昏てるのか? こいつ。遊び相手が減って。
「正生さんは一足先にロサンゼルス行っちゃうし」
「知ってたのか?」
「うん。ホテルの送迎会で、直接本人から聞いたもの」
「正生なんて?」
「もう日本女性のは見飽きたから、もうちょっと違うもの診て見たいって。ゲイの本場で、自分の本性見極めたいとも言ってたな」
「なぁーに、言ってんだか」「ほんとね」
「正生とは寝て無いのか?」「……なぁーに聞いてんだか」
「いや、結城が気にしてたみたいだから、ちょっと」
「変なの。結城さんの話しに来た訳じゃないでしょう? 何か用があって来たんじゃないの?」
「わからないのか?」「うん」
「どうしてお前はそうトロイんだ。深沢の家に帰るって事は、真里子と……お前の本当の義理の兄になるって事なんだぞ」
「わかってるよ。ご結婚おめでとうございます」
かるーく頭下げといた。椅子に座ったままで。
「お前に祝福して貰う気はねぇよ」「あ、そうですか」
「結婚式も招待してやんないし、ブーケも投げてやらないし、深沢の家にも入れてやらないからな」
「……なるほど」
「また、誰かに孕まされて、俺の所来たって、相手にしないからな」
「……い、いやぁー実はさ、式場に舞ちゃん抱いて、あなたを殺して私も死ぬんでやる! とかパフォーマンスしようかなって、思ったりしたんだけどぉーしない方が良いね」
ギロッと睨まれ、口を滑らし過ぎたと怯える。
しかし、奴は直ぐに気弱に視線逸らして、呟いた。
「……抱いてやろうか?」
「――は?」意外な言葉に、聞き間違いだと思った。
「馬鹿。何度も言わせるなよ」
赤くなってる。そんな純情な奴だったか? こいつ。
「……どうなんだ?」
「……どうって言われてもねぇー」カップ覗き込む。
「どうしてお前はそうデリカシーの無い女なんだ。俺から言ってやってるのに、なのに……好きだって言えるのも、今日が最後なんだぞ。わかるか?」
――もう、あの時の二人じゃない。あの時の感情は、同じ分量で戻っては来ない。十六歳の伊織と二十一歳の茂樹は、ここには居ない。それを口にしてしまうのは、自分でも虚しいし、まだ若い彼には残酷に響くだろう。それで私は余韻を持たせる。長椅子の端っこにチョコット腰を下ろし答えていた。
「……本当に好きな人とはしない方が良いと思うの……」
じゃあいったい伊織は、誰とエッチしたら良いんだ?
彼は了解した。彼にも、それを恐れる部分があるのだろう。
「……これからは、お前の本当の兄貴になるよ」
吹っ切れたように言う彼に、素っ気無く。
「兄貴なら一人居るよ。目の怖い奴が。一人で充分だよ」
「そっか」拒絶の強さに、降参した様子。
「……おれ、帰るよ」「……うん」
ソファから立ち上がった彼を、動かないまま見送った。
>>>
やはりマンションの前で待ち伏せしていた結城さんは言った。
「……もう、お前を苦しめないから。俺、東京に行くんだ。こっちは徹也が引き受けてくれたし、もう戻って来ないかもしれない」
「……そう……」茂樹を見送って、こいつも見送って、そして誰も居なくなるね、伊織ちゃん。
「最後のプレゼント受け取ってくれよ」
「……うん」と私は返事していた。
おずおずと彼は、小箱を差し出した。
「本当は二十歳のバースデーに渡したかったんだけど、お父さんついてたし、声かけれなかったんだ」
「………」こいつ、その頃からストーカーしてたのかと思い、小箱受け取りながらポカンと見上げていた。
「……ありがとう」と言ったのは、送り主の方だった。
「元気で……」「あ……」思わず、手を伸ばしていた。唇も奪わず背を向ける男に、対して。
クルリと振り返ると、彼は付け足した。
「……何時か、今度、会った時は、笑ってくれよ。伊織」
うん、と頷いた私を、確認もしないで、奴は白い外車に乗り込んで去って行った。
名残雪だね、伊織ちゃん。外はまだ寒いんだけど、頬叩く風は少し優しくて。人の気も知らないで、勝手な奴だ。こいつもか。一人で自己完結していきやがって!
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いきなり茂樹がやって来た。何時もよりおぼっちゃま風の格好で。
「……どうしたの?」
入り方も物柔らかだったので、こっちも勝手が違ってぎこちない。
「……俺、帰るんだ。深沢の家に」
お行儀良くソファに座り込み手組んで語り出した桜庭さんに、上品そうに紅茶入れてやる。
「そうだってね。この間、お父さん喜んで居たよ」
「うん。まぁーなんか成り行きでそうなる事になって」
みょーに歯切れの悪い言い方しやがる。
「それで一応、私にも言いに来てくれたんだ? ありがとう」
カップ渡しながら、礼を言う。
「もう、今までみたいに会えないしな……」
「そうだね」私も向かいの席に座ってカップ傾ける。
「……結城から何か連絡あったのか?」「別に」
「徹也とは?」
「音信不通。籍の切れ目が、縁の切れ目」「そうか」
「どうしたの? 何か元気無いよ」何時もの突込みが無い。
「結城も東京に戻るそうだ」「そう……」
「寂しくなるな」「そうだね」
「徹也も重要なポストに就いて大変みたいだしな」
それで黄昏てるのか? こいつ。遊び相手が減って。
「正生さんは一足先にロサンゼルス行っちゃうし」
「知ってたのか?」
「うん。ホテルの送迎会で、直接本人から聞いたもの」
「正生なんて?」
「もう日本女性のは見飽きたから、もうちょっと違うもの診て見たいって。ゲイの本場で、自分の本性見極めたいとも言ってたな」
「なぁーに、言ってんだか」「ほんとね」
「正生とは寝て無いのか?」「……なぁーに聞いてんだか」
「いや、結城が気にしてたみたいだから、ちょっと」
「変なの。結城さんの話しに来た訳じゃないでしょう? 何か用があって来たんじゃないの?」
「わからないのか?」「うん」
「どうしてお前はそうトロイんだ。深沢の家に帰るって事は、真里子と……お前の本当の義理の兄になるって事なんだぞ」
「わかってるよ。ご結婚おめでとうございます」
かるーく頭下げといた。椅子に座ったままで。
「お前に祝福して貰う気はねぇよ」「あ、そうですか」
「結婚式も招待してやんないし、ブーケも投げてやらないし、深沢の家にも入れてやらないからな」
「……なるほど」
「また、誰かに孕まされて、俺の所来たって、相手にしないからな」
「……い、いやぁー実はさ、式場に舞ちゃん抱いて、あなたを殺して私も死ぬんでやる! とかパフォーマンスしようかなって、思ったりしたんだけどぉーしない方が良いね」
ギロッと睨まれ、口を滑らし過ぎたと怯える。
しかし、奴は直ぐに気弱に視線逸らして、呟いた。
「……抱いてやろうか?」
「――は?」意外な言葉に、聞き間違いだと思った。
「馬鹿。何度も言わせるなよ」
赤くなってる。そんな純情な奴だったか? こいつ。
「……どうなんだ?」
「……どうって言われてもねぇー」カップ覗き込む。
「どうしてお前はそうデリカシーの無い女なんだ。俺から言ってやってるのに、なのに……好きだって言えるのも、今日が最後なんだぞ。わかるか?」
――もう、あの時の二人じゃない。あの時の感情は、同じ分量で戻っては来ない。十六歳の伊織と二十一歳の茂樹は、ここには居ない。それを口にしてしまうのは、自分でも虚しいし、まだ若い彼には残酷に響くだろう。それで私は余韻を持たせる。長椅子の端っこにチョコット腰を下ろし答えていた。
「……本当に好きな人とはしない方が良いと思うの……」
じゃあいったい伊織は、誰とエッチしたら良いんだ?
彼は了解した。彼にも、それを恐れる部分があるのだろう。
「……これからは、お前の本当の兄貴になるよ」
吹っ切れたように言う彼に、素っ気無く。
「兄貴なら一人居るよ。目の怖い奴が。一人で充分だよ」
「そっか」拒絶の強さに、降参した様子。
「……おれ、帰るよ」「……うん」
ソファから立ち上がった彼を、動かないまま見送った。
>>>
やはりマンションの前で待ち伏せしていた結城さんは言った。
「……もう、お前を苦しめないから。俺、東京に行くんだ。こっちは徹也が引き受けてくれたし、もう戻って来ないかもしれない」
「……そう……」茂樹を見送って、こいつも見送って、そして誰も居なくなるね、伊織ちゃん。
「最後のプレゼント受け取ってくれよ」
「……うん」と私は返事していた。
おずおずと彼は、小箱を差し出した。
「本当は二十歳のバースデーに渡したかったんだけど、お父さんついてたし、声かけれなかったんだ」
「………」こいつ、その頃からストーカーしてたのかと思い、小箱受け取りながらポカンと見上げていた。
「……ありがとう」と言ったのは、送り主の方だった。
「元気で……」「あ……」思わず、手を伸ばしていた。唇も奪わず背を向ける男に、対して。
クルリと振り返ると、彼は付け足した。
「……何時か、今度、会った時は、笑ってくれよ。伊織」
うん、と頷いた私を、確認もしないで、奴は白い外車に乗り込んで去って行った。
名残雪だね、伊織ちゃん。外はまだ寒いんだけど、頬叩く風は少し優しくて。人の気も知らないで、勝手な奴だ。こいつもか。一人で自己完結していきやがって!
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